物を見る時の頭の中

電車の中で

先日冷蔵庫が壊れたので某家電量販店に行きました。電車に乗ってぼーっとしていたら、車内案内表示器に映し出された「町田」という文字が目に飛び込んできました。

いつもなら「次はまちだか」って思う所ですが、その時は図形に見えたんです。四角が4つに区切られてて、Tみたいのがあって、また同じように四角が4つに区切られてるって。

それはおそらく、日本語を知らない外国人が見てもそう思うんだろうなと。

ぶどうって思わずにぶどうらしく描くのだ

デッサンを教わった時、固定観念を取っ払えって言われますが、ああ、この事かと繋がりました。

「ブドウはブドウという事を忘れて、観たままぶどうらしく描くのだ。」

生徒は講師にそういわれて、これはぶどうではではないのだ。と必死に自分に言い聞かせますが、ぶどうという観念は強くなる一方です。ぶどうではないものを、ぶどうらしく描けといわれて、ブドウではないと言い聞かせ、ブドウらしく見たままにとなって、頭の中はカオスになるでしょう。

真面目な私はそうでした。

いまなら、AIが描き方のプロセスを教えてくれるでしょう。このカオスを乗り越えた後なら効果的かもしれません。

生活するうえでは、車内表示の「町田」をみたらここで降りて電気屋さんへ向かおうとならないといけないわけです。画家だからぼーとしていて仕方ないねは通用しません。

この切り替えが自由に出来るようになたら、絵を描く日常も快適に過ごせそうです。

MIHOKO